三井寺の御朱印に鐘が押印されている理由に弁慶が関係している!?

西國三十三所 14番札所 三井寺は、天台寺門宗の総本山で正式名称は園城寺(おんじょうじ)です。古くから東大寺、延暦寺、興福寺とならび日本4大寺の一つでした。
広大な三井寺の境内には釈迦堂や仁王門、大師堂、三重塔、金堂、鐘楼など多くの仏閣があります。
三井寺と呼ばれるのは、天智、天武、持統天皇の産湯に用いられた霊泉が境内にあり、そのため「御井(みい)寺」と呼ばれていたものが、三井寺の由来になります。
その霊泉はなんども兵火で焼失しましたが豊臣秀吉や徳川氏の尽力で再興され、現在は国の重要文化財に指定されています。
そんな三井寺の御朱印には鐘が押印されています。
その押印されている理由にはあの弁慶が関係していたのです。
そこで今回は三井寺の御朱印に鐘が押印されている理由や三井寺のお勧めポイントをご紹介致します。

西國三十三所 14番札所 三井寺 境内案内図

三井寺の御朱印に鐘が押印されている理由に弁慶が関係している

 
三井寺の御朱印の鐘と弁慶とはどんな関係があるの?


三井寺 御朱印

御朱印に押印されている鐘は、「弁慶の引き摺り鐘」と呼ばれている鐘です。
この鐘は、平安時代に活躍した武人 俵藤太秀郷(たわらのとうた ひでさと)が百足退治のお礼に竜宮から持ち帰り三井寺に寄進したと伝えられています。この鐘を、延暦寺との争いで弁慶が奪い、比叡山に引き摺り上げて、ついてみると「イノー、イノー」(関西弁で帰りたい)と響いたので、そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底に投げて捨ててしまったのです。その時のものと思われる傷痕や破れ目が今も残っています。このような逸話が三井寺には残っており、それが御朱印に押印されているという訳なんです。
こちらその弁慶の引き摺り鐘」です。
三井寺 弁慶の引き摺り鐘

御詠歌

いで入るや 波間の月を 三井寺の 鐘のひびきに あくる湖

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